祇園祭 ―油天神山の名宝―
2018.8.11(土・祝) 〜 10.21(日)
油天神山は、京都市下京区油小路通綾小路下ル風早町から祇園祭の山鉾巡行に参加する山です。町の名前は貴族の風早家に由来するものといわれ、その昔に風早家の邸内にあった天神像をこの町に移して祀ったことから、天神山を巡行に出すようになったとされています。
天神様をのせて巡行するこの山は、町が油小路通にあることから油天神山と呼ばれますが、天神様を勧請した日が丑の日であったことに因んで、牛天神山とも呼ばれてきました。
油天神山には、正面に朱塗りの鳥居をそなえた黄金色に輝く社殿が搭載されます。社殿の中には円鏡が供えられ、御神体の天神像はその奥に鎮座されます。油天神山には、天神様にゆかりの梅の花が立てられるほか、梅に牛の姿を象った飾金具を有する欄縁が装着されるなど、随所に天神様との関わりの深さがあらわされています。
油天神山のしつらえからは、町の歴史や暮らしに根ざした祇園祭の真髄の一端がうかがえます。今回の展示を通じて油天神山の魅力を堪能していただきますと共に、祇園祭のもつ歴史や文化の奥深さに触れていただければ幸いです。
油天神山には多彩な懸装品が伝来しています。例えば宮廷園遊図毛綴織の見送は、西洋の王侯貴族の姿を綴織で描いたもので、文化12年(1815)に新調された品です。また油天神山には三国志の英雄劉備玄徳の三顧の礼の故事の様子を描いた雪中楼閣山水劉備図を刺繍で施した見送もあります。また、中央アジアのカザフスタン製で独等の模様を有する絨毯二種が胴懸として伝え残されてきたのも、油天神山の懸装品をめぐる大きな特徴です。そのほか、金地有職丸文様の刺繍が美しい天保12年(1841)製の水引や、龍鳳凰文様が肉入刺繍された水引など、魅力あふれる品々が、その時代ごとに油天神山を彩ってきたのです。
資料名 | 数 | 時代 | 指定等 | 展示期間 |
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見送 宮廷園遊図毛綴織 | 1枚 | 文化12年(1815) | 前期 | |
見送 雪中楼閣山水劉備の図刺繍 縁:緋羅紗地百鳥図 | 1枚 | 文化年間(1804〜18)以前 | 後期 | |
水引 金地有職丸文様刺繍 二番水引・緋羅紗地角龍文様刺繍 | 3枚 | 天保12年(1841) | 前期 | |
水引 龍鳳凰文様刺繍 | 3枚 | 江戸時代 | 後期 | |
前懸 波濤飛龍文様錦織官服直 | 1枚 | 17世紀中頃 | 後期 | |
前懸 八角飾連文様額玉取獅子図中国近辺絨毯 | 1枚 | 17世紀前半 | 前期 | |
胴懸(西)波濤飛龍文様中国織錦婦人官服 | 1枚 | 17世紀前半 | 後期 | |
胴懸(東)波濤飛龍文様中国織錦婦人官服 | 1枚 | 17世紀中頃 | 後期 | |
胴懸(西)鉤菱三連メダリオン文様カザフ絨毯 | 1枚 | 19世紀初頭 | 前期 | |
胴懸(東)星に鉤菱文様カザフ絨毯 | 1枚 | 19世紀初頭 | 前期 | |
角房掛金具 松皮菱に竹図 | 12点 | 天保6年(1835) | 重要有形民俗文化財 | 通期 |
見送飾金具 花喰鶴文様鍍金金具 | 1対 | 天保6年(1835) | 重要有形民俗文化財 | 前期 |
見送飾金具 松樹図文様 | 1対 | 明治39年(1906) | 後期 | |
幣串金具 黒漆塗梅樹文様鍍金 | 1対 | 前期 | ||
五鈷鈴 銅製 | 2点 | 天保6年(1835) | 重要有形民俗文化財 | 後期 |
欄縁飾金具 彫金梅花文様鍍金 | 4点 | 天保4年(1833) | 重要有形民俗文化財 | 前期 |
欄縁飾金具 彫金梅花竹文様鍍金 | 4本 | 明治6年(1873) | 後期 | |
釣燈籠 銅製梅鉢唐草文 | 1対 | 文政11年(1828) | 後期 | |
神号「八阪皇大神」 | 1幅 | 明治17年(1884) | 前期 | |
扁額「天神山」 伝妙法院尭然法親王筆 | 1枚 | 寛政7年(1795) | 重要有形民俗文化財 | 前期 |
くじ箱 木製黒漆塗梅鉢金泥書 | 1点 | 寛政7年(1795) | 通期 | |
扁額「油天神山」井上八千代筆 | 1枚 | 昭和46年(1971) | 後期 |