11月30日(土)

11:00〜 (小西康陽推薦作)

『歌麿をめぐる五人の女』

1946年松竹太秦作品(モノクロ・95分)/監督:溝口健二/出演:坂東蓑助、田中絹代、川崎弘子

この映画をはじめて観たとき、驚いたのは登場人物たちが、みな細面だったこと。丸顔なのは田中絹代だけ。みな一様に細長い顔をしているのは、歌舞伎役者を多くキャスティングしているせいなのか。それとも終戦の翌年、日本人の誰もが栄養が足りずに痩せ細っていた時期に制作された作品だったからなのか。けれども、それ以上につよく印象に残ったのは、主人公をはじめ登場人物の多くが徹底したアウトローだったこと。おのれの芸術に、女性を見る目に、あるいは恋愛に人生のすべてを賭している世捨て人たち。溝口健二とは、こういう映画をつくる人だったのか。『祇園の姉妹』『雨月物語』『山椒大夫』といった作品を観て感心はしても、じぶんだけの作家、という気持ちを持つことはなかったこの<日本が世界に誇る名匠>に、とつぜん強い親しみを抱いたのは、この作品を知ったときでした。そしてこの後、1954年の『噂の女』という大傑作を観て、じぶんはこれから先、死ぬまでにもう一度、この映画作家の作品を一から観直さなくてはいけないのだ、と考えました。

小西康陽(ミュージシャン)

13:30〜 (安田謙一推薦作)

『にっぽんのお婆ぁちゃん』

1962年MIIプロ作品(モノクロ・94分)/監督:今井正/出演:北林谷栄、ミヤコ蝶々、飯田蝶子

北林谷栄、ミヤコ蝶々、飯田蝶子、浦部粂子、東山千栄子、原泉…綺羅星の如き、お婆あちゃん女優オールスターズ。 冒頭、北林と蝶々がレコード屋の前で「潮来笠」聴くシーンから掴まれっぱなし。観ている誰もが「あ!」と声をあげちゃいそうになるシーンが好きなんだけど、こないだ観たばかりの「ジョーカー」にも、同じような場面がありました。たまらない気持ちになります。

安田謙一(ロック漫筆)

17:00〜 特別上映

『合葬』


(c)2015 杉浦日向子・MS.HS/「合葬」製作委員会

2015年「合葬」製作委員会作品(カラー・87分)/監督:小林達夫/出演:柳楽優弥、瀬戸康史、オダギリジョー
※特別料金(1,500円)が必要です。

12月1日(日)

13:30〜 (バンヒロシ推薦作)

『顔役』

1971年勝プロ作品(カラー・98分)/監督:勝新太郎/出演:勝新太郎、山崎努、太地喜和子、若山富三郎

大映のニューフェイスとしてデビューするも、天下の長谷川一夫やニューホープの市川雷蔵にはなかなか追いつけずにいた勝新太郎が、暗中模索の末にたどり着いたのが「不知火検校」だった。その後、「悪名」「座頭市」「兵隊やくざ」と大ヒット作の連発で不動の人気を得るが、勝新の夢は大映映画に収まりきらず、自身の会社「勝プロ」を作ってしまう。そして初監督として発表したのがこの「顔役」だ。諸般の事情によりDVD化などはされておらず、なかなか観るチャンスのない作品である。ネタバレになるので内容は詳しく書けないが、「偶然からしか完全は生まれない」という勝新理論と、ヌーヴェル・ヴァーグを意識したカメラワークが斬新であり、リアルを追求し過ぎてむしろファンタジーですらある。「映画を観る」という行為が家の中で完結できてしまう昨今において、足を運ばないと観られない、今を逃したら次にいつ観られるかわからない…雲の上から勝新が「そういう映画があってもいいじゃねぇか。ガハッハ!」って、笑ってる気がする。勝新とロックンロール、いや、勝新がロックンロール!

バンヒロシ(お座敷ロックンローラー)

17:00〜 (岸野雄一推薦作)

『日本のいちばん長い日』

1967年東宝作品(モノクロ・157分)/監督:岡本喜八/出演:宮口精二、戸浦六宏、笠智衆

レコード探しをしている人間にとって、これほどの熱意を持ってレコードを探す人々の挙動を見ることは、大いなる励みとなろう。眼光鋭く、汗まみれで、人死にまで出してレコードを探すのだ。「シン・ゴジラ」に影響を与えた、という逸話はよく知られた話だが、テンポの良い編集というと、無駄な要素を省いて必要最小限の叙述に徹しているかにみえる。しかし、黒沢年男が、カッと自転車の車輪止めを蹴り、走り出すショットなど、人間像を際立たせる挙動を丁寧に抽出する演出が、実は冴えわたっている。ほとんどフィックスの画作りで、唯一レールを使ったショットのアクションの際立ちはどうだ!抑制と解放の制御が巧みな演出は、さすがマキノの「次郎長三国志」に助監督で就いていた手練と唸らされる。「どうせ明日には俺も貴様も死ぬのだ」と言っていた高橋悦史扮する井田中佐が、実は戦後は在日米軍司令部を経て広告代理店の常務を務め、東京オリンピックなどに大きく関わる事になるなど、史実と照らし合せて観ると、実に興味深い日本史が浮かび上がってくる。戦後22年目に製作された映画であることから、俳優たちは戦争体験者であることが多く、実際に軍部の人間の話し方や立ち振る舞いを見ているのであろう、ということが演技を通してもうかがい知れる。それももはや貴重なことと思う。

岸野雄一(ヒゲの未亡人)