京都府京都文化博物館

財団法人 京都文化財団

特別展示室

2010年NHK大河ドラマ特別展 龍馬伝

坂本龍馬は、天保6年(1835)、土佐藩の郷士坂本家の次男として生まれました。商家才谷屋の系譜を引く坂本家の自由で合理的な町人気質に触れながら育った龍馬は、窮屈な土佐藩を飛び出し、幕臣勝海舟の門弟となり、航海術を習得します。その後、長崎で貿易会社を兼ねた政治結社・亀山社中、そして海援隊を組織します。対立していた薩摩藩と長州藩の間を調停し、薩長同盟の締結に尽力、さらには大政奉還の実現をめざして奔走し、明治維新を大きく推し進める原動力となりました。しかし、慶応3年(1867)11月15日、何者かによって暗殺され、「世界の海援隊を作る」という夢半ばにして、33年の短い人生の幕を閉じました。

この展覧会では、2010年NHK大河ドラマ「龍馬伝」の放送と連動して、高知や京都などに伝わる龍馬の遺品や書簡類、幕末の騒乱を伝える歴史資料などで構成しながら、坂本龍馬の波乱に満ちた生涯を浮き彫りにしていきます。
※会期中資料の展示替えがあります。

≫展示構成

会 期
2010年6月19日(土)−7月19日(月・祝)
月曜日休館(ただし、7月19日(月・祝)は開館)
開室時間
10時−18時 *毎週金曜日は19時30分まで夜間開館しています。
(入室はそれぞれ30分前まで)
※6月25日(金)、26日(土)、27日(日)は坂本龍馬湿板写真(オリジナルガラス板写真)特別限定公開のため、19時30分まで夜間開館します。
主催
京都府、京都文化博物館、NHK京都放送局、NHKプラネット近畿 、京都新聞社
後援
京都市、京都府教育委員会、京都市教育委員会、京都商工会議所、京都府観光連盟、京都市観光協会、歴史街道推進協議会、KBS京都、エフエム京都
協賛
日本写真印刷、ハウス食品、三井住友海上
制作協力
NHKプロモーション

展示構成

特設コーナー
坂本龍馬と岩崎弥太郎
▲坂本龍馬湿板写真
慶応2年(1866) 高知県立歴史民俗資料館蔵
*現存する唯一の龍馬像ガラス板写真。
 龍馬が長崎滞在中に撮影したもの。
*展示期間:6月25日(金)・26日(土)・27日(日)
上記3日間のみの限定公開です。
上記3日間以外は複製資料を展示します。
江戸時代後期、南国土佐に生まれた2人の巨星、坂本龍馬と岩崎弥太郎。2人は幕末の激動の時代にそれぞれの道を歩み、かたや「幕末史の奇跡」かたや「東洋の海上王」と評される大きな足跡を残しました。本コーナーでは、龍馬と弥太郎に関する資料をまとめて展示し、彼らの偉業をしのびます。

▲重要文化財 坂本龍馬着用 紋服 
江戸時代(19世紀)
京都国立博物館蔵 全期間展示
丈145cm、裄64cm。当時としては大柄な龍馬の体格が知られる。
▲坂本龍馬使用 海獣葡萄鏡 
中国・明〜清代 
京都国立博物館蔵 全期間展示
・龍馬が近江屋滞在中に借りて、使っていた青銅鏡。
▲重要文化財 坂本龍馬所用 三徳 
江戸時代(19世紀)
京都国立博物館蔵 展示期間:7月6日−7月19日
・お洒落な龍馬の西陣織製の紙入れ。
▲坂本龍馬佩用 刀 銘吉行 江戸時代 
京都国立博物館蔵 全期間展示
・龍馬の刀として知られ、近江屋で暗殺された時も所持していたと言われる。

第1章 
土佐に生まれて
▲坂本龍馬等寄せ書き胴掛 江戸時代 
個人蔵 全期間展示
・龍馬を含む5人の若者が寄せ書きした胴掛で、龍馬の初恋の人と言われる平井加尾の秘蔵の一品。 ▲蒔絵地球儀
江戸時代 宝暦11年(1761)
高知・土佐山内家宝物資料館蔵 全期間展示
・土佐藩主山内家に伝わった蒔絵で描かれた珍しい地球儀
天保6年(1835)、坂本龍馬は土佐藩の下級武士である郷士の次男として生まれました。本家才谷屋は豪商であったため、郷士といえども裕福な家庭でした。剣術に励んでいた龍馬は、19歳の時に江戸の北辰一刀流・千葉定吉道場へ入門しました。
本章では、黒船来航前後の土佐藩の政治状況や人間関係を明らかにするとともに、龍馬の思想の原点を探ります。

第2章 
坂龍飛騰!ばんりゅうひとう
▲重要文化財 坂本龍馬書簡(部分)
文久3年(1863)6月29日 姉・乙女宛
京都国立博物館蔵 展示期間:6月19日−7月4日
・ 「日本を今一度せんたくいたし申候」 の手紙。 ▲重要文化財 ペリー浦賀来航図(部分) 
嘉永6年(1853) 
滋賀・彦根城博物館蔵 展示期間:6月19日−7月4日
・最初の黒船来航の状況を描いた絵巻。
嘉永6年(1853)、ペリーが4隻の黒船を率いて来航すると、日本は攘夷か開国かをめぐって大きく揺れ動き始め、龍馬はしだいに世界を意識し始めます。しかし、身分制度の厳しい土佐藩では、下級武士に活躍の場はありません。文久元年(1861)27歳の時、武市半平太率いる土佐勤王党に入りますが、過激な方向へ傾いていく勤王党と旧習にとらわれる土佐藩に見切りを付け、翌年脱藩しました。その後、最良の師・勝海舟との出会いが龍馬を飛躍的に成長させました。
本章では、脱藩という大きな決断に至る背景を探るとともに、人生の転機となった勝海舟との出会いを紹介します。

第3章 
薩長同盟成る
▲坂本龍馬所用 鐔(つば) 
江戸時代
京都府立総合資料館蔵(京都文化博物館管理) 全期間展示
・寺田屋で襲われた際に所持していた刀の鐔。
龍馬は勝の弟子になった頃から、幕府の腐敗を知り、幕府に代わる新しい政治体制が必要だと感じていました。第1次幕長戦争を経てその思いは益々強くなり、龍馬が作った亀山社中を使って薩長同盟を成功させます。その直後に寺田屋で襲撃を受け、負傷した手の治療のため、妻のお龍を連れて薩摩へ新婚旅行に出かけました。
本章では、龍馬の志士としての活動を紹介するとともに、人間的魅力にも迫ります。

▲重要文化財 坂本龍馬書簡(部分) 
慶応2年(1866)12月4日 姉・乙女宛
京都国立博物館蔵 展示期間:7月6日−7月19日
・龍馬が妻お龍と一緒に新婚旅行へ行った折、姉乙女に宛てた手紙。
▲馬関彦島沖測量図 
慶応元年(1865)
山口・下関文書館蔵 展示期間:7月6日−7月19日
・慶応元年11月、幕府との戦争を意識して、長府藩士の石川房太郎らが測量して制作した関門海峡の図面。狩野芳崖らが絵図に仕立てた。

第4章 
夢は世界へ
▲小曽根家に伝わる月琴
19世紀 小曽根吉郎氏蔵
全期間展示
・龍馬の妻お龍は、長崎で月琴を稽古することを望み、小曽根乾堂宅(長崎市)で月琴を習ったと伝えられる。 ▲龍馬がお龍に贈ったといわれる帯留(部分)
江戸時代 19世紀 
個人蔵 
全期間展示
・龍馬が自分の刀の下緒(さげお)と目貫(めぬき)で作ってお龍に贈ったもの。下緒は龍甲組、目貫も龍の龍づくし。
慶応3年(1867)5月、京都で行われた徳川慶喜と四賢候の会議が不調に終わり、倒幕が加速していきます。龍馬は長崎から後藤象二郎と土佐藩船「夕顔」に乗って上京します。その船の中で、近代日本の進むべき道を示した「船中八策」をまとめました。この案をもとに土佐藩は大政奉還を建白、これをうけた将軍慶喜は、同年10月14日、ついに大政奉還を断行することになります。しかし、その1か月後、龍馬は京都の近江屋で暗殺され、33年の短い生涯を閉じました。
本章では、新しい日本のあるべき姿を求め続けた龍馬の思考や、世界を目指して結成した海援隊の本質に迫ります。

▲重要文化財 近江屋旧蔵 書画貼交屏風 江戸時代(18世紀) 
京都国立博物館蔵 展示期間:7月6日−7月19日
・近江屋の暗殺現場にあった屏風。左下の猫図の付近には血痕が付着している。
▲海援隊約規 慶応3年(1867) 
個人蔵 展示期間:6月19日−7月4日
自由と平等という志の高さがうかがえる海援隊の規則。



▲ページの先頭へトップページへ