祇園祭の往古の姿を求めて復興された鉾

 四条傘鉾は、京都市下京区四条通西洞院西入ル傘鉾町から巡行に出立する鉾です。傘鉾を中心に、棒振りや鉦、太鼓、ササラなど多彩な芸能を催す子供たちが行列をなして、都大路を練り歩きます。
 四条傘鉾は室町時代にはすでに傘鉾としてその名が知られていたのですが、明治時代になって一度姿を消してしまいます。しかし昭和60年(1985)に居祭として復活し、昭和63年にはおよそ100年ぶりに山鉾巡行に参加しました。以来毎年、四条傘鉾は山鉾巡行の列に加わって華やぎを添えています。
 今回の展示では、四条傘鉾を彩る懸装品や棒振り踊りの衣装や飾金具など、数々の品を取り揃えました。現代によみがえった傘鉾を飾る名品をご覧いただき、新たな歩みを進める祇園祭の世界をご堪能いただければ幸いです。


基本情報

会  期:
2019年10月26日(土)〜12月22日(日)
休 館 日:
毎週月曜日(祝日の場合は開館、翌日休館)
会 場:
京都文化博物館 2階総合展示室 京のまつり
開館時間:
10:00~19:30(入室は19:00まで)
入場料:
一般500円(400円)、大学生400円(320円)、高校生以下無料
*( )内は20名以上の団体料金
*上記料金で、3階フィルムシアターもご覧いただけます。
(催事により有料の場合があります)
主 催:
京都府、京都文化博物館
協 力:
四条傘鉾保存会、公益財団法人祇園祭山鉾連合会

傘鉾風流の再現と四条傘鉾

『都名所図絵』より祇園祭の傘鉾『都名所図絵』より祇園祭の傘鉾

 京都市下京区四条通西洞院西入ル傘鉾町から山鉾巡行に参勤する四条傘鉾は、応仁の乱以前にもその記録が見られ、明応9年(1500)のくじ取り次第には「十三番 かさはやし 四条油小路ト西洞院ノ間也」と記載される古くから祇園祭に参加していた鉾です。その様子は宝暦7年(1757)に刊行された『山鉾由来記』の挿絵にも見ることができます。
 しかし、四条傘鉾は元治元年(1864)の大火によって衰退し、明治4年(1871)を最後に巡行の列から姿を消してしまいました。その後、昭和60年(1985)になって絵画資料を参考に傘本体が復元され、まず居祭として復活の契機をつかみました。そして昭和63年に、棒振り踊りとお囃子が再興されて、百数十年の歳月を経て山鉾巡行の列に再び戻ってきたのです。
 傘鉾本体には、先端に赤幣が立てられ、垂りには「早雲寺文台裂」と染織家の鈴鹿雄次郎が製作した「麗光鳳舞之図」の2種類が整えられたほか、角飾りには鬼面文様の金具が揃い、また欄縁には波涛に市女笠と木瓜に三巴紋の金具が施されたものが平成22年(2010)に加えられました。

 

垂り「麗光鳳凰図」鈴鹿雄次郎 昭和60年

垂り「麗光鳳凰図」鈴鹿雄次郎 昭和60年

垂り「麗光鳳凰図」鈴鹿雄次郎 昭和60年
垂り「麗光鳳凰図」鈴鹿雄次郎

 

四条傘鉾の棒振り踊り

 四条傘鉾では、艶やかな衣裳に身を包んだ子ども達が披露する棒振り踊りがその特徴となっています。シャグマをかぶって棒を持つ棒振り2人と、花笠姿の鉦・太鼓・ササラの各楽器を持った2人ずつ計8名の踊り手達が2組出て、巡行の際には随所で踊りを披露します。
 傘鉾の周囲で踊りが催される様子は祇園祭の山鉾巡行を描いた絵画などに古くから見られた光景で、こうした芸能は、疫神を傘などに依り憑かせて歌や踊りでにぎやかに囃しなが送るという、かつて流行した風流拍子物と呼ばれるものの姿を留めていると考えられています。
 しかし四条傘鉾の踊りや囃子の芸能は、長い中断の間に伝承が途絶えてしまっていました。そこで、残された文献や絵画の分析を進めると共に、かつて都で流行した風流踊りの雰囲気を残すとされる滋賀県甲賀市土山町の瀧樹神社に伝わるケンケト踊りを参考に、芸能が再現されたのです。様々な考証を経て現代によみがえった四条傘鉾の棒振り踊りは、祇園祭の山鉾巡行にさらなる魅力を添えています。

棒振り
棒振り

鉦・太鼓・ササラ
鉦・太鼓・ササラ




出品資料一覧

資料名員数時代
1垂り「麗光鳳舞之図」鈴鹿雄次郎作一式昭和60年(1985)
2垂り「早雲寺文台裂」一式昭和60年(1985)
3赤幣1本昭和60年(1985)
4欄縁 波涛図・木瓜に三巴・市女笠紋金具付4本平成22年(2010)
5角飾金具 鬼面文様4点平成22年(2010)
6胴懸 インド更紗4枚昭和60年(1985)
7棒振り衣装一式昭和63年(1988)
8花笠(太鼓・鉦・ササラ)衣装一式昭和63年(1988)
9くじ箱2点昭和63年(1988)