京都府京都文化博物館

財団法人 京都文化財団

2階総合展示室 京のまつり

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祇園祭−橋弁慶山の名宝−

会期
4月21日(土)−6月17日(日)
前期展示 4月21日(土)−5月6日(日)
後期展示 5月9日(水)−6月17日(日)
※5月8日(火)は展示替えのため休室
▲胴懸 加茂葵祭礼行列図綴織 伝円山応挙下絵 文化6年(1809)
「弁慶と牛若丸〜源平争乱を彩る物語の意匠〜」
京の五条大橋を舞台に繰り広げられた武蔵坊弁慶と若き日の源義経(牛若丸)との戦いは、源平の争乱を飾る逸話のひとつとして名高く、謡曲「橋弁慶」として後世に伝えられてきました。祇園祭の山鉾の中で、この「橋弁慶」を題材とした意匠をもつのが橋弁慶山です。橋弁慶山では、鎧姿で長刀を振るう弁慶に対し、牛若丸が片足で欄干に立つという姿の人形で表現しており、その躍動感あふれる情景が特徴となっています。
また橋弁慶山には、弁慶と牛若丸の意匠に加えて、絢爛豪華な懸装品もその魅力を引き立てています。なかでも左右の胴懸に施された図絵は、祇園祭と並んで京都三代祭のひとつに数えられる葵祭の「路頭の儀」の様子を描いた「加茂葵祭礼行列図」で、祇園祭の山鉾巡行の中に葵祭の様相で魅せるという妙味のある演出が施されています。
今回の展示では、いにしえの故事を題材にした意匠を構成する品々と、それを飾る数々の懸装品を展示公開いたします。橋弁慶山のしつらえの魅力に触れていただき、祇園祭の歴史や文化の奥深さを感じていただければ幸いです。

弁慶と牛若丸
橋弁慶山の意匠は、五条大橋で対峙する弁慶と牛若丸の場面です。鎧姿で長刀を振るう弁慶に対し、牛若丸は片足一本で橋の上に立ちその攻撃を見事にかわしています。その様子は既に室町時代の屏風絵などにも描かれており、現在もその古態をとどめています。牛若丸の足を支える鉄串には天文六年(1537)の年号と、これを鍛えた鍛冶の「信國」の銘がみえます。また、牛若丸の太刀や弁慶の長刀には、刀工「近江守久道」の名が宝暦七年(1757)の年号と共に刻まれており、その経てきた年月を感じさせます。
▲胴懸 緋羅紗地赤松子の図刺繍 元文5年(1740)▲前懸 緋羅紗地琴高仙人図刺繍 元文5年(1740)▲胴懸 緋羅紗地呂洞濱の図刺繍 元文5年(1740)
主な展示資料
胴懸 加茂葵祭礼行列図綴織 文化6年(1809)/伝 円山応挙下絵
橋弁慶山の左右を飾る胴懸で、葵祭の「路頭の儀」の様子が描かれている。南面の胴懸には牛車のほか看督長や走馬、馬上の検非違使や馬寮使ら行列の諸役の者たちが配され、その行く先には加茂社の朱鳥居と社殿がみえる。この「加茂葵祭礼行列図」は円山派の祖として名高い円山応挙(1733−95)の下絵を元に文化6年(1809)に製作されたと伝えられる。
前懸 緋羅紗地琴高仙人図 刺繍  元文5年(1740)
橋弁慶山の前面を飾った前懸で、鯉を巧みに乗りこなす技を持ち琴の名手でもあったという中国の趙の時代の伝説上の人物である琴高仙人(きんこうせんにん)を描いている。橋弁慶町には同じく緋羅紗地で、中国の仙人である「呂洞濱」「赤松子」を描いた胴懸が一枚ずつ伝え残されており、江戸時代後期の橋弁慶山を飾った懸装品の様相を今に伝えている。

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